FLACE MAGAZINE
当社FLACE製品の生産拠点をご案内いたします。東北・関東編
【 FLACE家具は国内生産 】
FLACEカタログのオリジナル製品は木製品・金属製品問わず全て日本国内製造のMade in Japanです。
ファブレスメーカーの当社は生産工場を持たないために、国内の各生産拠点での製品品質や性能に見合った生産ラインを有する国内各家具産地の提携工場にて生産を委託しています。
国内家具産地にはそれぞれ特色がある工場が地場産業として地域の経済に貢献していますが、弊社も地域活性化や地方創成のお手伝いが出来るように、全国9工場(北は山形から南は大分)にて、それぞれのスタイルに合った加工技術にて高品質な製品の生産を委託し、お届けしています。
東北地方/山形県・関東地方/桐生・中部地方/飛騨高山・中国地方/福山・九州地方/佐賀・日田とその地域独特の歴史や伝統が持つ価値と視点がモノづくりと融合し、製品が出来上がっています。 
[ 家具大工と家具産地の成り立ち ]
床座で暮らしてきた日本人の生活空間に、箪笥(たんす)などの一般的な家具が登場してきたのは、戦国時代から江戸時代初期頃だと云われています。
それまでは家具を専業とする職人はほとんどいなかったようですが、武家や商家で家具の需要が高まるにつれて、木材を使った箪笥や座卓などを制作する職人が増えていきます。その多くが、 神社仏閣の建設に携わる宮大工や、茶室をつくる数寄屋大工、木造船を建造する船大工、板を組み合わせて箱類をつくる指物師(さしものし)などの職人で、本業と兼業で家具を製作していたようです。
江戸後期頃より庶民の間にも家具が普及し、家具を専門に製作する家具大工と呼ばれる職人が登場します。
その後、明治維新前後に西洋家具が日本に入ってくると、横浜や神戸を中心にイスやテーブルなどをつくる家具職人が増え、そうした職人や大工たちが全国各地に仕事の場を広げて家具の一大産地を築いていきました。
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[ 生産拠点のご案内 ]
東北・関東編では、山形県家具産地と織都桐生の伝統と特性をご案内いたします。
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朝日連峰・月山    
[ 山形県家具産地 ]
北前船の寄港地・酒田でつくられていた船箪笥、山形や鶴岡の大名の庇護を受けた職人が作り上げた箪笥・長持・針箱など、山形県内では江戸時代から豊かな自然の恵みを巧みに活用し優れた製品を作り出して来ました。
大正末期から昭和初期には、東北の産業振興の目的と日本固有の工芸の改善発達を図るために仙台に工芸指導所が設置されます。
1933(昭和8)年にはドイツの建築家ブルーノ・タウトを嘱託として迎えて先端的なデザイン教育が行われ、鋳金・鍛金・漆工・木工等 多くの技術者を養成しました。 今までの職人的技法から木工技術の導入が行われ大きく転換しました。
戦後はいち早く生活必需品としての家具製造が始められ、次々と企業が誕生して生産基盤が確立していきます。
生産品目として箱物家具、脚物家具、オーダーメイド家具など県内一円で様々な種類の家具生産が発展。 また、県全体を合わせて家具産地としてのイメージを形成しています。

〈月山こぼれ話〉
出羽国月山の霊場に住んだ鬼王丸を祖とする、鎌倉初期から室町にかけて活躍した日本刀の刀工の一派、月山(がっさん)派がありました。
月山のふもとで刀鍛冶が栄え、月山の銘を刻んだ刀剣は実用性の高さと、刀身全体に波のように流れる「綾杉肌」の美しさの両面から全国に広がります。 この刀工集団を「月山鍛冶」、その作品を「月山物」と呼びました。
幕末に大坂に移住した系統が月山鍛冶の再興を果たし、大阪月山の基を開きました。奈良県を拠点として連綿と続いた技術は、現代も受け継がれています。


<山形県家具産地では3工場で製作しています>
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■山形県 金属加工工場
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・CARACALLA(カラカラ)Hanger Stand / 他2アイテム製作
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■山形県 脚物家具工場
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・CYLLENE(シリーン) Chair / 他4アイテム製作
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■山形県 箱物家具工場
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・DICE-W(ダイス ウッド)製作
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桐生市旧蘇我織物工場    
[ 織都桐生 ]
関東平野の北部、群馬県の東端、栃木県との県境に位置する桐生市は、名峰赤城山をはじめ四方に山々をめぐらし、 足尾山麓を源とする渡良瀬川と、その支流の桐生川の二つの清流に挟まれた盆地に発展した山紫水明の街です。
江戸幕府の成立とともに天領のひとつに組み込まれ、桐生を管理するために桐生陣屋が設置されました。
江戸後期には、渡良瀬川と桐生川の豊かな水を引き込み、多くの水車を回し、町の至るところで機音を響かせていたようです。

日本を代表する機業都市であり、奈良時代から絹織物の産地として知られ、桐生織は京都・西陣の西陣織と並び称されていました。
製糸・撚糸・染織・縫製・刺繍など、繊維に関する様々な技術を持つ事業所が集積する総合産地であることから「織都(しょくと)」という雅称があります。
天保年間に全国に先駆けてマニュファクチュア(工場制手工業)を導入。明治・大正・昭和初期にかけて日本の基幹産業として発展し、外貨獲得に貢献しました。
昭和中後期は、和装離れから絹織物産業は下火となりましたが、代わって絹織物をはじめとする繊維工業によって育まれた技術によって、 自動車部品産業や遊技機産業が成長・発達してきました。
幾つものチャレンジングな企業が生まれ、その桐生に提携の家具工場があります。


<織都桐生では1工場で製作しています>
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■桐生 ソファ工場
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・SOLARIO(ソラリオ)Sofa製作
次回、生産拠点のご案内は中部地方(飛騨高山)・中国地方(福山)編です。 

【問い合わせ】
エース物産株式会社 フレイス インテリア ディビジョン
TEL 03-6550-9212
https://flacedesign.com/